従業員との対話やコミュニケーションをどのように行なうか、とまどう経営者・上級管理職の方は多くいます。
対話したところで、意識のギャップや立場や温度差が明らかになるばかりで、意義を感じにくいケースが多いのも一因のようです。
従業員コミュニケーションについては、幅広い経験や研究にもとづく方法論が少ないながらも存在しています。
行動の指針となる説を紹介します。
基本形は「夢の伝導」
『BCG流経営者はこう育てる』(菅野寛著、日経ビジネス人文庫)という本は、経営者のスキルセットを解説した本です。
著者がボストン・コンサルティング・グループのコンサルタントとして数多くの経営者を観察してきた知見にもとづいて執筆したもので、類書がありません。
本論のうち経営者が欠くことができない5つのアート系スキルセットの1つとして「ソフトな統率力」を挙げており、従業員とのコミュニケーションのスタイルを相当明確に描写しています。
「ソフトな統率力」は、(1)「夢」を掲げ、(2)「共有」し、(3)「チャーム」で人を動かす、という3つのサブスキルで構成されます。
達成のポイントとして、打合せなどのハードなチャネルではなくソフトなコミュニケーション・チャネルを多用し、「伝えた」ではなく「伝わった」段階まで徹底することだと解説しています。
本書は、コミュニケーション以外にも経営者が行動の参考にできる知見に満ちているため、詳細は実際に読んで理解してください。
ここでのポイントは「想像していたコミュニケーションとはかなり異なるのではないか?」という点の問題意識の提起です。
多くの経営幹部が従業員とのコミュニケーションにとまどうのは、夢が明確でないからです。
状況に応じた適切な話題が見つからない場合にも、その企業の夢を伝導することが経営者の指名として常に存在しているのです。
なお「ソフトな統率力」を身につけるためには、役者としての力量を相当問われます。演じるのではなく、なりきる必要があります。
コミュニケーションの頻度や内容は状況により異なる
経営者の具体的な行動選択の中でコミュニケーションにどれだけの労力を割くべきかは、答えの出しづらい問題かもしれません。
コミュニケーションが直接の業績に結びつくとは限らないからです。
再び『BCG流経営者はこう育てる』を引用すると、CEOの行動は状況によって変えなくてはならない、と解説しています。選択肢として以下のようなアプローチがあります。
- 戦略型アプローチ
- 人材型アプローチ
- 競合優位型アプローチ
- フレーム型アプローチ
- 変革型アプローチ
このうち、ソフトなコミュニケーションに時間を多く割く活動スタイルは「人材型アプローチ」と「変革型アプローチ」でしょう。
それ以外は、個別の重点テーマが定まるケースであるため、ハードなコミュニケーション(典型的には打合せ)が主体になるでしょう。
事業の局面に応じて行動を変えるのです。それが経営トップの役割です。
従業員感情は経営学のテーマになっている
従業員との接し方については『世界標準の経営理論』(入山章栄著、ダイヤモンド社刊)が参考になります。
本書は経営学の主流の学説を網羅した解説書ですが、第22章に従業員の感情をテーマにした「感情の理論」があります。
経営学では、ポジティブな感情を引き起こすコミュニケーションと、ネガティブな感情を引き起こすコミュニケーションに分類して、それぞれの影響を研究しています。
分かりやすいところでは、ポジティブな感情を引き起こすコミュニケーションをとれば従業員のモチベーションが上がる、というものがあります。
この点については、
従業員エンゲージメント向上の施策と要素
で解説したことと同じメカニズムです。
一方で、ネガティブ感情にも役割があり、満足度を下げてサーチ行動を促すといったプラスの効果があります。近年の経営学は、生き残りのために必要な要素として知的進化を重点的に捉えているため、ネガティブ感情も活用して知的行動を適切に活性化させることが重要だと分かってきています。
日本の場合にはポジティブ一辺倒になりがちですが、結果にコミットしたいのであれば1種類の接し方では不足で、ここでも状況に応じた役者力が問われる、という結論になります。
従業員との間に心理的な溝を感じる幹部は多いのですが、それは当然のスタート地点であってゴールではありません。
ギャップを観察するのではなく、その時々でポジティブまたはネガティブに感情をシフトさせることが欠かせません。
キーマンを見極めることが重要
このように、コミュニケーションには状況に応じた重要な役割があります。
ただし、最終的には経営幹部の時間には限りがあり、コミュニケーション行動にも自ずと強い制限があります。
限られた時間のなかで、効果的にコミュニケーションをとるには、キーマンを適切に選定することが重要です。
これは役職ではなく、資質で選定すべきです。
基本的にはビッグファイブの「知的好奇心」の高い人物を中心にコミュニケーションすることが推奨です。
知的好奇心が低い場合、やりとりできる情報量が減るため、意図を伝えるにも状況を聞くにも難が生じます。
ビッグファイブの組織分析ツール Decider®を用いることで、適切なコミュニケーション対象を簡単に探索することが可能です。
時間の制約上、従来は不可能だった現場とのコミュニケーションも、適切な人選が可能になればより実効的に行える道が拓けます。
Cover Photo by Matthieu Joannon on Unsplash