「エンゲージメント」は"burnout"(燃えつき症候群)の対極として発見された概念で、従業員が仕事に没頭している度合いを示しています。
エラスムス・ロッテルダム大のArnold Backer教授を中心に継続的に研究が進められ、論文にもとづくユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度(UWES, Utrecht Work Engagemnt Scale)が計測の標準指標となっています。
エンゲージメントは状況によって上下に変動するもので、エンゲージメントが高いチームはパフォーマンスが高いという研究結果になっています。
ただし、エンゲージメントの指している「パフォーマンス」はかなり狭い概念であることには注意が必要です(エンゲージメントのスコープの限界については後述)。
エンゲージメント指標とメカニズム
エンゲージメントは、仕事について積極的で充実したマインドを指しており、モチベーションとほぼ類似の概念です。アンケート形式の質問により、以下の3つの要素で計測されます。1
- 活力(Vigor): 仕事中のエネルギーやレジリエンスが高い状態
- 献身(Dedication): 仕事に対する重要さや熱狂、挑戦しがいを強く感じている状態
- 没頭(Absorption): 仕事に没頭し、完全に集中している状態
エンゲージメントを左右する供給要素は、個人要因(personal resource)と職場要因(job resource)が特定されています。
個人要因は各個人の楽観性(Optimism)や自己肯定感(Self-efficacy, Self-esteem)であり、職場要因には自主性(Autonomy)やフィードバック(Performance Feedback)があります。
エンゲージメント向上施策
エンゲージメントを上げる方法は、仕事上のフィードバックやコーチングといった職場要因の整備があります。
これはマネージャーの役割が大きく、従業員への関わり方いかんでエンゲージメントは上がりも下がりもします。
また、エンゲージメント研究の示唆として重要なポイントとして、もう1つの個人要因があります。
職場要因はマネジメント上の関わり方によるコントロールですが、その職場要因がうまくいくためにはマネージャーの個人要因が影響します。
つまり、エンゲージメント向上プロセスのかなりの部分は、2階建てになった個人要因で構成されています。2
ポイントは、自己肯定感の高い人物をマネージャーにすることで職場要因を通じて部下にも波及する経路が形成できることでしょう。
エンゲージメント研究そのものではありませんが、自己肯定感については
ビッグファイブ性格特性
で計測可能です。
5つの指標のうち「情緒安定性」(または神経症傾向)は、楽観性の度合いを示す指標で、各個人により大きなバラつきがあります。
ツールを使用してエンゲージメントを計測したあと、向上させる施策の切り札は、プロセスの工夫以前にまずマネージャーの人選が重要なのです。
エンゲージメントの限界
エンゲージメントの限界は、スコープが極めて狭いことです。
エンゲージメントが対象としている「パフォーマンス」は、個別のタスク遂行の度合いや顧客満足度を指しており、業績KPIとは異なります。
経営学の研究領域を俯瞰した『世界標準の経営理論』(入山章栄著、ダイヤモンド社刊)でも、モチベーションなどの組織感情に関する章はありますが、エンゲージメントは一切扱われていません。
経営学の本流は業績と関連づけた議論が行われているものですが、エンゲージメント理論はファイナンシャルな実証を欠いているため登場から20年以上たった今でも傍流なのだと考えられます。
エンゲージメント計測が有効なのは、当初より研究ターゲットとしている、バーンアウトの有無、つまりメンタルヘルスの軸と考えるのが適切です。とくに日本ではエンゲージメントの適用分野を広げすぎている傾向があります。
経営学では、企業が生き延びるために「不確実性への対処」をより重視しており、メンタルヘルスの達成とサステナビリティを関連づけた研究分野はありません。
個々人の視点から見ればエンゲージメントの高い状態はハッピーですが、業績を強化する手法でない以上、幸せに包まれたまま会社ごと共倒れになる可能性は残ります。
より広範かつ本来的なピープルアナリティクスの計測を行なうには、ビッグファイブの組織分析ツール Decider®の併用を推奨します。
計測していることだけで安心してしまうようでは手段と目的が転倒しているので、じっさいの因果関係をよく確認しましょう。
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