ケース別、意識改革の実効的な方法

従業員の行動変容をもたらす意識改革はなぜ難しいのでしょうか。
それは"意識"という対象が明確でないからです。

意識改革に着手する前に、どのような問題を改革し、目指す状態は何であるかを具体的に選択することが不可欠です。
意識改革が必要とされる典型的な背景には、大きく分けて以下のようなケースがあります。

  • A. 実行すべきアクションを完遂できずにいる
  • B. 過去の成功行動を繰り返してばかりで新たな挑戦をしない
  • C. 情勢の変化に機動的に適応できずにいる

ケース別にとるべき手法は異なるため、以下の章で個別に解説します。
自社の状況に当てはまるケースに即して検討してください。

A. スローガン型意識改革による達成度の改善

KGIやKPIといった業績指標や達成すべきプロセスは明確だが、実行すべきアクションを完遂できずにいるケースではスローガン型の意識改革が有効です。

スローガン型とは「ビジョン・ミッション・バリュー」を始めとする会社共通のメッセージを明確にし、繰り返し確認することで従業員に徹底的に浸透を図る手法です。
理念経営とも呼ばれます。

スローガンなどを通じて社内で共通化された物の見方のことを、経営学では「カルチャー」と呼んでいます。
近年の研究では、カルチャーの効果は社内の価値観の衝突を低減し、生産性の低下を抑止する効果があると見られています。

日本ではまだあまり知られていませんが、ダイバーシティには負の効果があり、一般的な意味でのダイバーシティが増えるとコンフリクトにより生産性が低下することが分かっています。
経営学上のダイバーシティの最新の所見については、以下の記事を参照してください。

ただし、スローガン型意識改革の効果は、行動の円滑化による生産性向上に限られることに注意してください。
カルチャーの強化は、知識創造やイノベーションには効かないことが確認されています。

工業生産や現場サービスのオペレーションなど、比較的簡素で明確な行動を加速する目的にはスローガンによる意識統一が有効です。

B. 過去の成功体験の払拭には意識改革は無駄が多い

かつてうまく行っていたビジネスがピークアウトした場合にも、意識改革への期待が高まります。
「従業員が過去の成功行動を繰り返してばかりで新たな挑戦をしないのは、意識が古いからであり改める必要がある」というものです。

この場合、危機意識の喚起やチャレンジの賞賛といった空気の醸成が注目されますが、笛吹けど踊らず、という結果に陥りがちです。
多くの場合、減速しているといっても既存ビジネスには一定の利益があり、既存プロセスの実行にもリソースは必要だからです。

2020年前後の「働き方改革」導入により、労働時間のキャップが強化されたため、新旧2つのことを同時に達成できる可能性は以前より低くなっています。

既存ビジネスに代わるべき新たなビジネスプロセスを定義していない状態で、意識だけ変えても実行できません。
研修についても同様です。ビジネスの転換に対して意識改革という手法が適していないのです。

ビジネス転換には、「知の探索」が必要です。
まず、既存ビジネスから切り離した小規模なユニットで試験段階のプロセスを成功させましょう。

なお、知の探索には能力が必要であり、既存ビジネスで成果を上げている従業員が必ずしもうまく探索できるわけではありません。
改革に関わる資質については後述します。

C. ビジネス環境変化への適応に意識改革は無力

最後のケースは、ビジネス環境がどんどん変わりゆく場合で、情勢の変化に機動的に適応できずにいる場合です。
ハイテク業界やトレンドの移り行く業界では、定まったやり方では乗り切れない分野があります。また、商品の短命化が進んでいる業界も適応力を問われる展開になっています。

このような場合、もっとも相性が悪いのはスローガン型の意識改革です。
誠実さ・協調・結果指向・顧客指向・行動品質といったカルチャーが強く浸透している企業ほど業績が下がることがハイテク業界を対象として研究で確認されています。1

変化の激しい環境では、従業員が直接環境を評価してアクションを定義する力を備えている必要があります。
「知の探索」を組織の随所で行なわなければ時流にとり残されます。

「知の探索」を定常的に行なっている組織には、意識改革は必要ありません。しかし、逆は真ではないのです。
探索は各従業員の資質によるところが大きく、資質の欠けている組織に外から意識改革を実施しても難しいでしょう。

改革に必要な従業員の資質

以上をまとめると、一般的に知られている意識改革の手法が有効なのは、目的の行動が明確でありスピードアップによる生産性向上を求めるケースに限られます。

それ以外のケースでは、「知の探索」を行なう資質を組織に実装することの方が重要です。

従業員の人物特性は、90年代の心理学の成果により、今では ビッグファイブ という5つの指標で測ることが可能です。
ビッグファイブのうち、知的創造や改革にもっとも強く関連する指標は「知的好奇心」(または開放性, Openness)という指標です。

ビジネスモデルの転換が必要なケースでは、新規ビジネスユニットに知的好奇心の高い人物をアサインすることがポイントです。
環境の変化に適応しなくてはならないケースでは、一部の人員だけではなく全社の知的好奇心の水準が問われます。

また、いずれのケースの改革でも旧来のプロセスとドラスティックに変えることがポイントですが、その際、抵抗勢力になるのは知的好奇心の低い従業員です。
知的好奇心の低い人物は、変化を嫌います。強いて策を挙げれば、知的好奇心が低いと権威には弱いため、マネジメント層の組織改革を徹底したうえで、トップダウンの不退転進行で強制することが有効でしょう。

改革にあたり、組織の実力値をビッグファイブの組織分析ツール Decider®でスコアリングしておくことで、具体的な人選や採用プランを的確に検討できます。
改革の必要性を感じている組織では、環境に比した自社のパワー不足が起きています。実効的な改革のため、組織分析も活用しましょう。

Cover Photo by Micah Tindell on Unsplash


  1. Jeniffer Chatman et al, “Parsing Organizational Culture: How the Norm for Adaptability influences the Relationship Between Culture Consensus and Financial Performance in High-Technology Firms”, 2014 ↩︎