企業のトップマネジメントでは、判断スピードの速さは死活問題にかかわります。
この点はよく指摘されてはいますが、なぜなのでしょう?
判断のスピードが求められる一番の理由は、経営判断すべき問題が企業活動の多くのプロセスに関係していて、判断が遅くなればそのすべてが止まってしまうからです。
議案にかかっている直接の案件だけでなく、それに関連する仕事や同じような種類のプロセスもスローダウンします。
また、経営判断の求められる内容は、リスクの取り方に関する問題でもあります。リスクとチャンスはつねに同居しているため、リスク判断を避けることは機会損失に直結します。
先進国では固定人件費はもっとも高いコスト要素であるため、機会損失を確定させ、ビジネスのスローダウンによりコスト垂れ流しになるということは、意図せず敵前逃亡しているも同然です。
だからこそ即断即決は重要なのです。
即断即決の2つのモード
素早く回答を出す人には、即断即決が能力として身についている人と、「即断即決できたらいいなあ」と心がけている人の2種類いて、じつは会話の挙動が異なります。
本物の即決能力派の方が常にレスポンスが速いのです。
一見何も考えていないかのように答えを出すことが多く、時には相手の説明が終わらないうちに「続きはいいよ、Aで行こう。Bは◯◯だからやりようがない」と、説明を打ち切って決定するケースもあります。
これは先見に優れた社長に共通して観察できる挙動です。
一方、即断即決したい派(ニセモノ)は、つねに決断のプロセスをはさむため、本物に比べると0.2秒程度のタイムラグがあります。
この場合の決断とは、じっさいには答えが出ていないのにやや無理をして素早く回答を選択するというプロセスになっていて、そのタイムラグは選択の過程をはさんでいるのです。
思考停止によって答えを出しているため、情報を集めている段階では迷い続けています。
そのため、話の前段で解が出ることはありませんし、また提示された範囲以外の選択肢を思いつくこともありません。
また、決断的選択の際には、表情にも力みが出るのが特徴です。脳のCPU利用量を瞬時に100%使っているからだと思います。
能力として即断即決できる人が「自然体」と言われるのは、このような表情の変化が起こらない、ということでしょう。
すぐ答えを出す、という意味では両者は外見は同じように見えますが、中身の思考プロセスはまったく別物です。
ニセモノ型の決断をいくら繰り返し練習しても、即断即決を能力として獲得できるようにはならないのです。
(”ホンモノの決断”というものがあるわけではないことに注意してください。気合いで決断する展開になった時点で、すでに負けの状況に陥っています)
決断力は熟考の産物
「説明も終わらないうちに自然体で結論を出すスピードがどのように生まれるのか?」とは、誰しも思うところです。
これはコロンブスの卵のようなもので、「あらかじめ考えてある」というのがその答えです。
以前に考えたことのある問題と同じ問題が登場したから、記憶から引っ張り出しているだけなのです。
早押しクイズと同じです。
自然体でいられるのは、その場では大して考えていないため力んで頭を使う必要がない、ということです。
注目すべきは判断を下す現場ではなく、事前にどのような物の考え方をしているか、の方なのです。
決断力は机上で生まれています。
じっさいに「なるほど、そういうことか!」と口走っているような場に居あわせたことも多々あります。
このような人たちの考え方の特異なポイントは、目の前の事象そのものではなく、数学のようにいちど抽象化している点です。
抽象化といっても簡略化しているわけではなく、ある程度緻密なモデルとして捉えています。
(簡略化のワナについては「 状況判断力を高める論理学の初歩 」を参照してください。シンプルに考えるとゴールにたどり着きません)
わざわざモデル化して考える理由は、自分たちにとって有利な事柄であれば一度かぎりに止めず再現性を確保したいし、逆に不都合なリスクは可能な限り先読みをして制御したいと考えているからです。
同じような思考様式を持つ人との間では、架空のケースでモデルそのものを議論することも好みます。
このように自分の頭でモデル仮説を作成し、日々検証&アップデートしているため、多少のことでは想定外の事象は起こりません。
逆説的ですが、即断即決とは日々の熟考の産物です。
自分の頭を使って全体像を描こうとしているからこそ、幅広い事象をランダムではなく一定の関連性のもとに眺められるのです。
即断しないこともある
また、仮説思考が身についている人は、おおむね判断は速いのですが、すべての事柄をその場で決めるわけではありません。
仮説の前提を書き換える可能性のあることに出来事は、むしろ念入りにディティールの確認をしています。
仮説とズレた事象が起こるということは、自分が何か見落としている可能性のほか、世の中が変化してビジネスの力学が変わろうとしている兆候かもしれないからです。
とくに近年は、「持続的優位性」と言われた性質のサイクルがどんどん短くなっているという研究があり、現場を直視して仮説を書き換えることの重要性は高まっています。
このようなケースではあえて結論を確定せず、状況認識を深めるようなアクションを選択することも多々あります。
あえて失敗を取り込んだり、重複感のある手を打ったりするのです。
これも表面的な事象よりも、その背後にどのような構造があるのかを重視していることの現れと言えます。
まとめ:即断即決の決断力を高めるプラクティス
社長をはじめとする経営者は、自分の頭で仮説モデルを作り、実際に現場で起きている事象を関連づけて考えていくことで即断即決の力が身につきます。
モデルの検証が進んでいくと、打つ手の選択肢が少ない場合や失敗のリスクが限定されているケース、ほかに目ぼしい代案のないケースなどでは、ほとんど考えることなく答えを出せます。
(「そんなのテキトーでいいよ」ということもあります。これは意外と本音です)
このようにして、本当に考えるべき問題、つまり仮説の更新・新しい現実への対応に集中するのです。
また、仮説モデルをまだ持てていない人は、仮説の更新に直面した場面と同じフェーズに立っています。
その場合には、いちど立ち止まって他の事象と関連づけて考えることが必要です。
ただし、仮説の更新が必要といっても、判断の先送りと同じ機会損失の効果は進んでしまうので、回答の期限と決まらなかったときの見通しを現場に確認することも重要です。
活動することで材料となる情報が増える効果もあるので、リスクの限度を確認したうえで進めてしまうのも一手なのです。
背後の事象に注目して考えていけば、大なり小なり判断力は高まります。