ロジック上達の学習法

ビジネス・経営にとって、学習は重要な側面です。

超過利潤(儲け)はイノベーションに支えられ、イノベーションは個々人が何を考えるのか?で決まるからです。

企業が市場に先行するとき必ず学習が働いていますし、ゴーイング・コンサーンは世代間の学習・伝承とほぼ同義です。

学習を明確化する

学習の方法論には、1)知識の獲得と2)推論の獲得の2つのスタイルがあります。

学習に関わる難点は、多くの人が1)知識の獲得のみを学習だと考えているものの、じっさいには知識は実戦では使えない、という点にあります。

使えない知識と、ダメな教え方・学び方

「知識とは何か?」を確認することで、使えない学習について理解が進みます。

知識とは、辞書のような形式で用語とその意味のセットを集めたものと考えられます。

これはソシュールという言語学者が、記号をシニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの)の組み合わせとして定義した捉え方です。

知識を暗記するスタイルの問題点は、知っている用語の狭い意味でしか物を考えられなくなることです。

辞書的な知識を当てはめようとする態度でものを見ると、事態が少し変わったときに目の前の状況が理解できなくなり、簡単に思考停止に陥ります。

知識を持ち合わせていない物に触れた際、知識不足を感じて新たな知識を求める無限ループに陥りがちな点にも不都合があります。

知識パラダイムに強く支配された人は「(知識を)教えてもらえないからできない。分からない」といった言動をとりがちなのです。

推論形式の学習が必要

推論とは、自分の頭で考えるということです。

未知の事象が起きるから、記憶の中から知っていることを探して終わり、というわけにはいかないわけです。

自分の頭で繰り返し考えているうちにその過程で使ったパーツが記憶に定着していく、というスタイルが”使える”学習になります。

暗記との違いを意識しましょう。

C.S.パースという19世紀の哲学・論理学者が推論を突き詰めています。

推論には、演繹・帰納・仮説形成の3種の分析手法がありますが、手順は同じです。

『連続性の哲学』で紹介されている流れを卑近な例に置き換えると、以下のようなステップになります。

  1. 観察事実や前提条件を書き並べる
  2. 書き並べた条件をすべて満たすとはどういうことか?を考える(総括)
  3. 必要に応じて、条件リストの一部を無視したり類似の事象を付け加えて考える(複製・消去)

推理小説で探偵が犯人探しをする手順と同じだと考えると適切なイメージを得られると思います。

環境の中からヒントを拾い集め、起こりうる未来を語る能力こそビジネスに(あるいは人生にも)必要な学習です。

環境からどのようにヒントを得るのか?

推論の最大の難所は、冒頭の条件リストアップです。

考えるべきテーマについてとくに着目すべき点を見出せずに行き詰まる、というのが初心者のよくあるパターンです。

対策の1点は、単純に「リストアップを怠るな」と言えます。

書き出すことは予想外に面倒なので避けがちですが、推論に不慣れな人が頭の中で条件を列挙して同時に保持し続けられる可能性はありません。

もう1点は着目する対象をどのように見出せば良いか、という本質的な課題への対策です。

パースは、2つの物ごとを組み合わせた際の変化(作用・反作用、第二性)を記号の基本機能に挙げており、ヒントとして使えます。

いくつか例示してみましょう。

  • 過去に起きた変化。その変化を起こした物ごと
  • 現在・近未来に起きると分かっている変化。その変化を引き起こす物ごと
  • 同じカテゴリー・または逆に対照的なカテゴリーに属している物ごと
  • 守らなければならないルール・法規制・社会通念。そのルールを決めた主体
  • 対象に関する評価・感想。そのように考えている人物や組織
  • 時間的制約・期限。それを満たさなかった時に起きる不都合な事象
  • その事象を維持・運営しているプロセス。それを担っている人物や組織
  • (行動策定の場合)自分の役割・社会のロール。その役職への一般的な期待

こに挙げたもの以外にも何でもありえますが、要するに検討テーマと直接関係している”別の”物ごとの方に着目する、ということです。

検討テーマそのものに着目しようとすると往々にして答えを導けない、という病状を知ることはとても重要です。

物の見方について「視野が広い」「多角的にとらえる」という表現がありますが、突き詰めていくと推論のこのプロセスにたどり着きます。

結論・仮説を考え始める前に、そのテーマの周囲にある環境を十分記述する作業が重要であり、かつ大多数の人がつまづいているポイントです。 日常の会話で「視野が広い」「視野が狭い」という点が話題になるとき、常にその人の言っていることが核心をついているのか?という点が話の焦点になっていることを思い出しましょう。

もし自分で考えたことの良し悪しが分からないようであれば、それは最初のリストアップでこけていて推論プロセスから脱線していると考えられます。

まとめ:学ぶ・教えるとは何か?

知的に「成長する」「学ぶ」「頑張る」というときの社会通念は、知識の暗記に著しく偏っていると思います。

しかし現実には、推論能力を直接強化しない限り知的レベルアップはありません。

暗記のパラダイムにいる人にとって、学ぶ=教えるという関係は知識の伝達であり、教える側の主体性を暗に期待していたり、情報は受動的に与えられるものととらえがちです。

推論のパラダイムでは、学ぶということは基本的に学ぶ側の推論活動で完結します。

教える、ということは本来的に重要ではないのですが、条件リストを拡張したり、重視するものを指摘したりといった推論プロセスへの創発的な関与はありえます。

ビジネスのデキる人/デキない人の優勝劣敗が年齢とともに開く一方であることも、このパラダイムの違いで説明がつきそうです。

推論の習慣が身についている人は自己増殖的に成長しますし、そうでない人は推論学習に踏み入れずに終わります。

自分の頭で考えるための具体的な手順を理解し、実践を積み上げることが何より重要です。