何をすればビジネスがうまく行くか?という観点で、これまで統一的な方法論はありません。各企業が千差万別の活動を行なっているからこそ、個別の商圏を維持できている面があるからです。
マネジメント共通の役割と成功条件は「実行不良の排除」にあると考えられます。
うまく行かない理由を排除することが成功に直接結びついている、と考えた方がシンプルにビジネスの展開を記述できるのです。
今回は、単純な確率モデルの提示をとおして、実行不良と戦うことの重要性を確認します。
「できない理由」は無数にある
企業の成長を「再現性のある成功プロセスの獲得」と考えると、(1)1つのプロセスの成功と(2)そのプロセスの繰り返しに分けられます。
まずはじめに、(1)1つのプロセスで成功を得る、ということが何かを理解することが重要です。
のちの再現性を考えると「ビジネス状況を普段と別の角度から理解し、新たな成功手順を1つ獲得する」ことが成長のきっかけになるでしょう。
逆に”1つのプロセスの成功”に至らない失敗事象の方を少し丁寧に確認することでメカニズムが分かりやすくなります。
「やらない」「できない」事象のありがちな原因を、状況の認知段階と行動段階に分類し、ある程度重複感を排除して列挙すると以下のようなリストができます。
- 認知段階の「できない理由」
- いつも通りの活動をすることだけ考えていた。他の可能性には気づかない
- 何かいつもと様子が違う気もしたが、気にせずいつも通りに過ごす
- 対処が必要な状況と気づいたが、具体的に理解できないので考えを止める
- 行動段階の「できない理由」
- 自分ではない誰かが対応すべき問題と判断し、考えを止める
- 対応策を考えたが、日常のアクションでは成功しないと判断し、考えを止める
- 日常とは別のアクションを検討したが思いつかなかった
- 他の仕事をしなければならないと考え、実行しないまま時間が過ぎた
- 状況に関わらず自分のできることは変わりない、と考えいつもの手順で対処して失敗した
- いつもと違うやり方で対処してみたが、思いつきだったので失敗した
この例では認知段階で3つ、行動段階で6つ抽出しています。「できない理由」は無数にあることが分かります。
成功プロセスをモデル化する
ここで、成功プロセスの獲得を確率モデルとして表してみます。認知段階・行動段階のそれぞれに「できる理由」事象を1つずつ追加すると、各事象の発生確率が均等なケースで以下のような確率が得られます。
1つの成功プロセスの発生確率: (1/4) x (1/7) = 約3.6%
3.6%を多いと見るか少ないと見るかは意見が分かれるところでしょうが、具体的な数値にはそれほど意味はありません(経営者視線で見ると、100回のプロセスで3回見どころのある行動をする人であれば相当良い方という印象はあります)。
このモデルのポイントは、できない理由の比率の多いor少ないが、成功/不成功の確率を主に左右するという点にあります。
確率モデル化することで、ビジネスの成長が、実行不良を主な変数とするエントロピー増大の法則に対応することが見えてきます。
エントロピーが高い状態とは、同じ効果の事象の中に具体的なケースが無数にある状態を指しており、今回の例では「理由は多種多様だが要するに結局できない」状態です。
「できない」エントロピーが成功を支配している
1つの成功プロセスを確率モデルで表すと、(2)プロセスの繰り返しは、確率の掛け算で考えられます。
1度成功したプロセスの再現性を考えるために同じことを繰り返すと、今回のケースで発生確率は 3.6% x 3.6% = 約0.13% となります。たった2回のプロセスで可能性はほぼ失われることが分かります。
これがエントロピー増大の圧力です。
1度目の成功の際のフィードバックで学習が働いた場合、2度目の確率分布は変わります。ただ、このようなフィードバックを考慮した場合(マルコフ連鎖)にも1度目の状態によらない確率分布に収束する条件が知られており、モデルを緻密化することにそれほどメリットはなさそうです。
課題:できない理由の制御は可能か?
このように見ると、ビジネスでも人生でも成功するためには、何か1点の成功法則のようなものではなく、「できない理由」を減らしていくことの方が重要であることが分かります。
組織の場合は手はあります。優れた認知確率を持つ人を重用すれば良いのです。中小企業が競争上きびしくなりがちなのは、この入れ替えのプールを持てないことから来ていると考えられます。
また、メンバー構成によっては、自律的な状況判断をある程度排除し、明示的な指揮命令の比率を増すことで改善する余地もあります。
一方、個々人がより成功に近づく、という観点では、メンタルモデルを書き換えることが必要であり、実効的な方法論は未知です。
人によっては、上記のリストに加えて対人不安やサボりぐせといった資質面の「できない理由」もあり、そもそも入口に立つまでにひと手間かけなくてはならないことも考えられます。
目的を持つことがスタートライン
情報理論からの示唆から見えて来るものは、日々の個別のできごとを超えた意思決定が重要だということです。
先ほどの例のとおり、同じメンタルモデルで個別のできごとに当たっていれば偶然の成功(3.6%)に遭遇しても2回目で見過ごすため、仕上がりの成功確率は0.13%…といった挙動になります。
1度限りの短期フィードバック(マルコフ過程)を取り入れても構造はそう変わらないことにも触れました。
行動原理が日々の活動への反応である限り、成功から遠ざかり続けます。
非マルコフ過程、つまり複数のできごとをストーリーとしてつなげたうえで行動を評価する長期的な視点が突破口となるでしょう。
目的意識のないマネジメントは成立しないのです。