役員の転職には制限がある!?同業他社への転職禁止は有効か

会社の取締役など、「役員」だった人が転職してしまう。
それだけでも会社にとっては痛手ですが、その 役員が競合企業に転職する となったら?
ノウハウが流出する、人脈が漏れるなどのリスクを考えれば、会社側としては大問題です。
そのリスクを回避するために、多くの会社が退任後、同業他社の転職を禁じる書面を取り交わさせたり、就業規則に定めを設けたりしています。

ところが、役員のポジションにある人というのはほとんどの場合、ある程度の年齢に達し、キャリア上も成熟しているもの。現実的にはおもむろに全くの畑違いの会社に飛び込むことも難しいですし、転職先の企業側も幹部人材を受け入れるにあたっては当然その業界でのノウハウや実績、人脈に期待します。

それでは、役員が前職での在任中に取り交わした 「競合企業への転職はしない」旨の書面や同内容の就業規則上の定めは果たしてどこまで有効なのでしょうか。
以下、詳しく解説したいと思います。

1.日本では取締役の同業他社への転職を禁止する法律はない

結論から言えば、日本の法律では取締役の同業他社への転職を禁止するような内容の条文はありません。

まずは前提情報として法律の条文を確認しておきましょう。

1-1. 大前提:誰にでも「職業選択の自由」がある

日本国憲法第22条には次のような定めがあります。

何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

いわゆる「職業選択の自由」を示す条文で、聞いたことはあるかもしれません。

これは日本国民に認められた「自由」のひとつで、誰しも他人に強制されることなく、好きな職業に就いていいですよ、という内容です。
つまり、大原則として、どこへ就職するもどこへ転職するも個人の自由。
憲法だけの観点から言えば、役員の競合企業への転職もOKということになります。

1-2. 勘違いされやすい「取締役の競業避止義務」

一方、会社法第356条には「取締役の競業避止義務」にかかる条文があります。
これを聞きかじった結果「役員は競業先に転職できない」と勘違いする方も多いのですが、この条文の意味は少し違っています。

一般的に「競業避止義務」と呼ばれるこの条文は、正確には「取締役が自分自身または会社とは関係のない第三者の利益のために、会社と同種同類の事業に属する取引をする場合には、株主総会(取締役会設置会社においては取締役会)の承認を得なければならない」という内容であって、「在任中の競業の制限」を謳うもの。
退任後の競業については触れられていません。
従業員兼務役員の場合は、労働契約法第3条の信義則規定からも在籍する会社に対する忠誠義務(競業避止義務を含む)が課せられますが、これも同様に退職後は消滅するものです。

つまり、法律上は明確に同業他社への転職を禁止する条文は存在しないのです。

但し、法律を盾に、どこへどんな風に転職しても許されるかと言えばそうではありません。
特に会社との間での約束事がある場合、法律との関係はどうなるのか、以下詳しくみていきましょう。

2.就業規則は原則として法律には劣後するが、侮るなかれ

就業規則に「退職後、同業他社に転職してはならない」と定めを置くだけでは、憲法による「職業選択の自由」を上回る強制力はありません。
なぜなら、企業が個別に定める就業規則が法律を覆すことはできませんし、中でも日本国憲法は日本の全ての法律の頂点に位置する「一番偉い」法律なのです。
また、就業規則は就業中の決まりを定めるもので、そもそも退職後まで前職の就業規則に縛られる必要はない、との見方もあります。
結局は就業規則で「ダメよ」と言っても法律が「いいよ」と言っているので、原則的には法律が勝るので、企業側としても法律上の効果は薄いことを重々理解した上で「抑止効果」の意味でこれを定めているのが実状です。

但し、万一の紛争などにおいては、就業規則の定めが総合的な判断の中で加味されることは間違いなく、合わせ技の一部として効果を発揮します。
就業規則に書いてあっても意味ないでしょ?と侮るなかれ。

3.会社に提出した「誓約書」は重要なカギを握る

3-1. 「会社と本人との間の合意」を示す誓約書・契約書

次に、入社時や退職時などに「退職後、同業他社への転職はしない」という内容の誓約書を会社に提出した場合です。
就業規則がいわば会社が一方的に発信する決まり事であるのに対し、誓約書は同業他社への転職禁止に対する「本人の合意」がある点が重要なカギとなります。

民法による「契約自由の原則」はご存知でしょうか。
法律が何と言っていても、当事者同士の合意があれば基本的にはどんな内容の契約を結んでもいいですよ、というものです。
会社と役員の間での「競合企業への転職はしない」旨の誓約書・契約書の取り交わしは正にこの「契約自由の原則」に基づくもので、法律が「どこに転職してもいいですよ」と言っているものを、当事者同士の合意によって制限するわけです。
その合意をもって会社に対する誓約書を本人の自由意志で出した場合には、本人が自ら競業避止義務を負うことに同意したとみなされ、同業他社への転職は認められない場合があります。

3-2. 誓約書・契約書の内容にも制限がある

さて、では誓約書を出してしまっていたらおしまいかといえばそうでもありません。
実は「契約自由の原則」にも制限があります。
当事者同士の合意があっても、公序良俗に反する内容の合意はできませんよ、というものです。
過去の判例を見ると、競業避止に関しては
 ① いつまで
 ② どの地域で
 ③ 具体的にどのような業種に就くことを禁止するのか

が限定されている必要があり、更にこの競業避止義務を負うにあたって対象者に相当の対価を支払っていることや、対象者が会社の事業に影響を及ぼすような特異なノウハウや技術を有していたことなどを要件として判断がされます。

逆に、上記のように範囲が限定されていない競業避止義務は、「職業選択の自由」を不当に侵すものとして認められないことが多くなります。

3-3. 誓約したのは入社時?退職時?

誓約書などの取り交わし・提出をした時点によっても多少取り扱いは変わります。
入社時においては企業側が優位な立場にあるともいえ、入社する側は誓約書の提出を求められたら応じざるを得ないのが実状です。
また、入社から退職までの間に本人の能力やスキル、意識や立場などが大幅に変わることもよくあり、入社時にのみ誓約書があったような場合はその有効性が若干疑問視されるところです。

反面、退職時に取り交わしがあった場合は直近時点で合意があったものとみなされ、上記各条件を満たしていれば、競業避止義務が課せられていると思って間違いありません。

4.役員の転職は紛争のタネを作らないのが基本

4-1. 円満退任のために心がけるべきこと

さて、ここまでの内容は、競業避止義務がどんな場合に認められるか、認められないか、という内容でした。退職した会社との間で紛争となった場合に、反論する材料とも言えます。

しかしながら、本来は役員たる者ですから、会社に迷惑をかけるような退職・転職の仕方は当然避けなければなりません。
退任・退職時に揉めてしまえば転職先を含め将来にも影響が出ます。
実際には「前職を出し抜いてやろう」「ライバル会社で成功してやろう」とまで考えて転職する役員は少ないのでしょうけれど、結果的に同種同類の事業、あるいは関連する事業への転身を志すことになった場合にはやはり会社側との綿密な話し合いを持ち、いわゆる「円満退職」ならぬ「円満退任」を目指すことを心がけましょう。

そのためにも、
 ・基本的には任期途中での退任はやむを得ない場合以外には避けること
 ・完全なる競合会社への転職は控えること
 ・前職で得た人脈は前職での取引に関わる内容では活用しないこと

などが重要になってきます。

法律的に制限がなくとも、道義的責任は負っているもの。
直接的にはもちろん、間接的にも前職に損害を及ぼす可能性のあることは極力避けたいものです。

4-2. どんな状況でもこれをやったらアウト

最後になりますが、法律、就業規則、誓約書の内容にかかわらず、やってはいけないことがあります。

 ・前職での顧客情報を持ち出し、同内容の取引を持ちかけること
 ・前職が権利を有する技術を利用して自分の事業に転用すること
 ・前職の機密情報を転職先で漏えいすること
 ・前職の名誉を毀損するなど、前職に対する背信的行為 など

これらはほんの一例ですが、前職に対し実損害が及ぶようなことで、かつそれとの具体的な因果関係が認められるような行為は当然全てNGです。
特に、技術的な部分を含め、知的財産権に関わるような内容は金銭換算した場合に価値が極めて高いことが多く、それに基づくノウハウなども慎重に取り扱わなければなりません。

役員は会社の中で重要情報を握っていることが多いものですが、権利が前職に帰属するものはあくまでも前職に置いていくつもりで、下手な流用をしようとしないことが鉄則です。

5.まとめ

今回は、役員が転職する場合の競業避止義務にかかわる制限についてお話しいたしました。
難しい法律論に関わる部分も多いですが、役員としての基本的心得を理解し、退任にあたって会社との十分な話し合いと合意ができていれば起きない問題でもあります。

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